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2011年東日本大震災手記(当時のメモ)改めて語る 東日本大震災ドキュメント6

組織的判断から人がする判断へ
下着を届ける際、
ある避難所で思わぬ壁にぶつかった。
“平等”を保つためきちんと
全員分の数が揃わないと渡せないという。
その時、新地町の齋藤賢一町議会議長(当時)
が「よし。分かった。亀岡先生に任そう」
と言って下さった。私は嬉しかった。
涙が出るほど。
この決断はなかなか出来ないし、
誰も言えない。
その事を一番分かっているのは私だ。
その壁をぶち破ってくれた。うれしかった。
すぐ新地町の避難所に持って行った。
本当にみんな喜んでくれた。とにかくあるもの、
集めただけのものだが、みんな喜んでくれた。
「ありがとう」とみんなから言われる度に、
「これは私ではない。
多くの仲間の心と汗の結晶だ」とつぶやく。
みんなの感謝の心をあとに相馬市の避難所へと
向かった。「相馬はまなす館」へ入っていくなり、
「昨日は美味しかったよ。ご馳走様」と
多くの人から声をかけられた。
亀岡事務所スタッフが作ったカレーで
「心があったまったよ」と言われた時は思わず涙ぐんでしまった。
「毎日ありがとう」と言われ、
またまた手伝ってくれたみんなに感謝した。
私の力ではない。多くの仲間の力の結集が、
少しでも被災された方々の心を
やわらげていると思うと本当に嬉しかった。
その後「相馬アリーナ」へ。
ボランティアの方がすぐ表に出てきてくれた。
みんなであっと言う間に物資を下ろす事ができた。
「下着です」と言うとみんな喜んで下さった。
災害時など緊急時には組織的判断ではなく、
「人が判断する」ことが必要だ。
このことは、災害対応の要諦である。
そのために政治家がしっかり判断する、
これが必要だ。

新地町で下着を降ろす。
この下着がどれだけの人に喜ばれたか
相馬アリーナで下着を降ろす。
ここでも大変喜ばれる。
どこでも何より今は下着だ!
避難生活の助けになった自民党からの下着の到着。
丸川珠代先生と連携して運んだ。さすがワコールの
塚本社長、安倍晋三先生の要望にすぐ対応して下さった
相馬市中村一小避難所にて 
みんなに下着を持ってきた報告をすると大変喜んでくださった。
久々の喜ぶ顔に運んだ疲れがぶっ飛ぶ!

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