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2011年東日本大震災手記(当時のメモ)改めて語る 東日本大震災ドキュメント7

3月25日、「奪還の会」の誇れるメンバーは、
赤ちゃんから大人のものまで靴や靴下、
薬も含めて必要なものをたくさん持ってきてくれた。
新地町から相馬市の避難所に配って歩いた。
会員が荷おろしをし、全員で配った。
足を運んでくれたのは、
松本文明(東京7区) 
山際大志郎(神奈川18区)
牧原秀樹(埼玉5区)
宮下一郎(長野5区)
秋元司(東京15区)
萩生田光一(東京24区)
木原誠二(東京20区)
大西英男(東京16区)の8人。
素晴らしい仲間だ。

奪還の会メンバーが到着、バス内で打ち合わせ
福島の避難所から伊達、南相馬、相馬を経て最後の新地町の避難所で荷物を降ろす
みなさんとお話をする事で笑顔も生まれてくる
相馬市の避難所はまなす館で荷物を降ろす 皆で物資のリレー
拍手で見送っていただいた。
喜んでもらえて本当によかった

翌26日は、捜索隊として南相馬市へ向かった。
朝6時出発、
朝飯を車の中でとりながら市役所へ。
警察と消防団と打合せをしてすぐに捜索に入る。
文句も言わず必死になって行動してくれた。
現場に着き全員で黙祷をして
被災者のご冥福を祈った。
誇れるメンバーは黙々と、
誰にアピールすることなく、
ただただ
「被災者を早く家族、親族のもとに返してあげたい」と。
それだけの思いを胸に、
朝7時から夜10時過ぎまで頑張ってくれた。
来ることのできないメンバーは物資で、
と出来得る限りの支援をくれた。
原町一小体育館での昼食時、
一般市民に食料を配るのに
人手が足りないと中川団長から依頼があり。
食べているおにぎりをそのままに、全員でお手伝いへと走った。

奪還のメンバーと共に中川団長の指示のもとで南相馬市の捜索に入る
現地を回りながら状況を説明する。この被災地の状況を直接目にし、
あまりの悲惨さに声も出せないという感じだった
震災の爪痕、当時の状況のすさまじさが伝わってくる
この有事の時に活躍しなければならない車両も、とても悲惨な状況だ
原町一小にて救援物資を配る。奪還の会もお手伝い

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